私的名曲④ 薬師丸ひろ子「未完成」

名盤

 今年(2021年)は、松本隆の作詞家活動50周年ということで、薬師丸ひろ子のオリジナルシングル曲であり、呉田軽穂(松任谷由実)作曲、松本隆作詞による歌謡史に残る傑作曲の「Woman “Wの悲劇”より」が、女優(憑依)型歌手として覚醒している池田エライザにより、新たな解釈をもってカバーされ、あらためて大きくフィーチャーされました。

 しかしながら、女性シンガーソングライターとして、その松任谷由実にほとんど唯一屹立することのできる中島みゆきが、同じ薬師丸ひろ子に対して、アルバム「星紀行」(1987年発売)の中の一曲として提供した「未完成」も決して見逃すことのできない傑作曲です。

 「 Woman “Wの悲劇”より 」では、サビでの絶妙な転調の仕掛けが歌詞の世界と相まって異次元の風景へと一気に誘い、この曲を名曲へと押し上げていますが、この「未完成」もサビでは、転調が用いられており、メロディの進行の単調さに変化を与える以上に、歌詞の主人公女性の心象風景を複雑に表現しています。

 そして、それ以上に、この曲の最大の聴かせどころは、サビ後に加えられたサビと同じコード進行のメロディー(いわゆるCメロ)が、曲の最終盤で、サビのメロディーと同時に重唱されるという、歌謡曲では、あまり他に類を見ない構造が出現し、女性の心理の二面性を表現するとともに、それでしか効果の得られない聴き心地の良いアンサンブルに、もはや「快感」さえ導かれ、傑作曲たらしめています。

 折しも、今年は、薬師丸ひろ子の歌手活動40周年にあたり、それに併せて、オールタイムベスト盤が発売されることとなりました。

 しかし、何とこのベスト盤には「未完成」が収録されておらず(30周年ベストには収録されていました)、非常に残念ですが、薬師丸ひろ子のクリスタルボイスをもって、中島みゆきの世界を軽々と征してしまったこの曲を、私的名曲どころではなく薬師丸ひろ子の昭和歌謡のもう一つの傑作曲として多くの人に知ってもらいたいと思っています。

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