私的どんでん返し小説名作①原民喜「夏の花」

名盤

 YouTubeやブログなどで、どんでん返し小説が広く紹介されていますが(その場合、不文律にでもなっているのか、特に説明もなくミステリーやエンタメ小説に限定されている場合が多い。)、自身が、それを選出するならば、この原民喜の「原爆文学の代表作であり傑作」である「夏の花」をおいてほかにはありません。

 この小説は、実際のところ、30ページにも満たない長さ(岩波文庫版)で、10分程度で読了してしまいます。そして、最後も、何か、カタルシスを迎えて物語が完結することなく、唐突に終わります。

 内容としては、凄惨極まりない広島の原爆投下直後からの数日の様子を活写していきますが、そこには、もう、起伏に富んだストーリーや伏線、起承転結もありません(もっとも、殺人事件などより遥かに、原爆投下による大量虐殺というあまりにも非現実的な出来事のため、それらは不要なのかもしれません。)。さらには、作者(主人公)の原爆や戦争に対する悲嘆や怒り、苦しみも吐露されていません。

 読者は、予備知識として、「夏の花」は「原爆文学を代表する傑作小説」として、読み進めるわけですから、まず、それなりの分量の作品であり、当然、原爆や反戦といった作者の激しい感情が言葉としてあるいは比喩的に表現されていることを予想し、期待もしますが、それはありません。あるのは、むしろ、その凄惨な状況のむしろ、快活と言っても良いようなタッチでの描写です。そして、最後の1行では、これから、また、話が続くのではないかという勘違いを起こさせるようなまるで、日記の途中のような日常性を伴った文章で終わります。傑作だと身構える読者の予想を見事に裏切る小説の進行と、何の解決も提示することのないエンディング、こんなどんでん返しがあるでしょうか。

 もちろん当時のGHQの検閲逃れで、そのように表現せざるを得なかった背景があるとしても、この小説のある種の淡々とした特異な表現方法だからこそ、逆に(つまりどんでん返し的に)原爆の凄惨さを際立たせており、それこそが傑作として評価される理由になっているのではないでしょうか。

 

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