私的名画②「開戦前夜」の傑作性について

雑感

 2026年7月31日より公開された映画「開戦前夜」(監督:石井裕也 主演:池松壮亮)は、明らかな反戦映画であるということ自体は、間違いなく鑑賞した全ての観客が抱く感想でしょう。しかし、この映画では、何故、日米開戦を回避できなかったという明確な答えを実は示していません。

 なので、観客がその日米開戦に踏み切った理由を時代の「世論」や「空気」と考えるのは、先入観あるいは刷り込みであり、この映画で描かれているとおり、重要なのは、陸軍大臣でかつ内閣総理大臣にもなった東条英機が、総力戦研究所の導いた日本必敗の結果を良く理解しており、軍幹部がその「世論」や「空気」を後押ししていたわけでなく、むしろ、直前まで戦争回避を模索していたところからもそれは否定されます。では、それが何なのかは、陸軍中佐の江口洋介が、模擬内閣の総理大臣池松壮亮に語る「(開戦へと向かう)あなたには分からない大きな力が既に働いている」(正確なセリフが思い出せませんがこのような意)という言葉では示されていますが、具体的でありません。

 しかしながら、ここまでのヒントが提示されている時点で、観客自身は、まず先入観を取り払い、それを見極めなければならないでしょう。むしろ、アメリカ側が日本を開戦に導くために追い込んでいったのではないかということと、それには、映画の中では、あえてなのか平和主義者のようにミスリードされ、画面に出ることはあまりありませんでしたが、実際には、東京大空襲の際に無差別に市民が爆撃される一方でただの一発も爆弾が投下されなかった皇居に住み、あまつさえ戦後、その空襲を指揮をしたアメリカの将軍に勲章を与えたあの人(とその周辺の戦争利権者)がそれに加担した黒幕ではないのかということに。

 この映画は、戦後80年が過ぎ、様々な史実が暴露されているにも関わらず、相も変わらず、何故か当時の「世論」や「空気」を仕掛けた具体的な存在には論及せずに、これまでの戦争映画作品の延長線上にある戦争感傷映画として一括りにしかとらえられない観客(あるいは映画評論家など)にとっては、戦争映画「ごっこ遊び」の傑作であり、上記の真意を汲み取ることが出来たなら、稀有な本物の戦争映画の傑作という作品です。

 

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